近況 と 福岡から解放子ども会の現調 2026年3月16日~15日
福岡県・筑紫地協の3支部の解放子ども会の中学3年生の皆さんが現調に来て下さった。
毎年のように来て下さっている。
昨年は3月11日に現調に来て下さったが、一雄が入院していたので、お会いすることができなかった。一雄は、皆さんにお礼の挨拶も、支援のお願いもできないことを詫びながら「何としても生き抜き、冤罪を晴らします。5月23日の狭山中央集会には元気になって皆さんにお会いしたい(一部抜粋)」と口述のメッセージをお伝えしていた。まさか、その日に急逝するとは思ってもみなかった。
2024年3月の現調の時は一雄が元気に挨拶させていただいた。
皆さんは、AM6時45分に福岡空港に集合し、12時過ぎに狭山に着いた。まず、現地事務所にある一雄の霊前に花をお供えし、お詣りがしたいとのことで献花、そして、子ども会のみなさんからのメッセージや、皆さんお一人おひとりが書いた東京高裁家・令裁判長への要請ハガキ(コピー)を手向けてくださった。
子ども会の皆さんの現調は一雄がことのほか喜んだので、きっと一雄も喜んでいるだろう。
その後中央公民館で学習会の後現調。PM5時頃に帰られた。
皆さん事前学習をしてこられ、また、地元に帰られたら、事後学習会を持たれるという。
朝早くから家を出られ、重い荷物を持ったまま現調をされた。一雄の霊前で手を合わせお詣りをしてくださった。
ただありがたく、うれしかった。
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この日、共同通信のT記者の取材があったが、T記者も、ずっと子ども会の皆さんと行動を共にされた。
子ども会の皆さんが帰られた後、PM6時30分ごろまで取材。
T記者は何度も狭山に来て下さっている。2019年3月16日、東奥日報に載った一雄の写真入りの大きな記事も持ってきてくださっていた。
2年ほど前から「生きざま・憲法」と題する連載記事を書かれているそうだ。Tさんから2月、「狭山事件は憲法の『法の下の平等』に反する捜査によって作り上げられた冤罪であり、憲法が保障している一雄さんの尊厳を傷つけました。こうした視点で、早智子さんの生き方を書かせて頂きたい」というメールを頂いていた。記者魂を持ったステキな方だ。最近、人権を中心に置いた温かいステキな記者との出会いが多い。このことは大きな力であり、希望だ。
どのような記事になるのか、記事にならないのか、わからないが、期待している。
2026年3月15日、朝10時ごろ、買い物に行こうと車に乗るとエンジンがかからない。車がビクとも動かない。二日ほどライトがつけっぱなしだったようだ。近くのガソリンスタンドや、車の修理工場に行ってみたが、日曜日で定休日。涙がでた。思い出したのが、Tさん。昨年10月31日の狭山集会の時、家まで迎えに来て下さって会場まで車で送って下さった。鎌田慧さんの友人で、鎌田さんが「早っちゃんを会場(東京・芝公園)まで送ってほしい」とTさんに頼んでくださっていたのだ。ほんとにやさしい。その時Tさんが、「家はすぐ近くですから、困ったときや、どこかに出かけるとき、何時でも、何でも言ってください。空いているときはすぐに駆けつけますから」とおっしゃって下さった。
10時半ごろTさんに電話するとすぐ来てくださった。器具をもって自分の車と、私の車をつないで(コードのようなもので?)エンジンをかけてみたがダメだった。
マツダの車なのでマツダに電話したり、いろいろしてくれた。JAFの人にも連絡し、午後2時半ごろレッカー車で来てくれたが、レッカー車を使うことなくエンジンがかかった。
JAFの人が帰ったのは3時すぎ。
ボンネットの開け方さえわからなかった私を心配し、Tさんが車が動くまでいてくれた。帰られたのは3時半頃。
迷惑ばかりかけているが、それでも「役にたててよかったです」と言ってくれたTさん。
一雄、みんなに助けてもらっているよ。今日はうれし涙だったよ。
明日(3月18日)は解放同盟の全国大会に行くよ
いつも2人で行っていたね
そして明日(3月18日)は、東京高裁・家令裁判長の定年退官の日
第3次再審が19年かかり、家令裁判長は10人目だった
期待していたけれど、結局何もしないでやめていくんだよ
検察は家令裁判長に「何もさせない」と妨害し続けた
待って待って待ち続けた鑑定人尋問の実施、再審開始
とうとう間に合わなかった
執念を燃やし、鬼になって
思いを遂げたい