| 東京新聞 「本音のコラム」WEB版 2026年2月9日 |
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三代にわたる冤罪者の苦しみ 鎌田慧 突然、7両編成の無人電車が駅構内から暴走、車止めを破って市街地へ殺到した。6人死亡、20数名の負傷者を出したのが、戦後間もない1949年7月15日。三鷹事件の発生である。国鉄職員10人が逮捕された。すぐ近くの職員寮に住んでいた、電車運転士の竹内景助さん(27歳)もその一人だった。逮捕者のうちの9人が共産党員、竹内さんだけが非党員だった。 国鉄は3万7千人の人員整理を公表、国鉄総裁・下山貞通氏が常磐線北千住駅付近で轢死体となって発見されたのは、その10日前だった。そして三鷹事件の1ヶ月後の8月17日、今度は東北本線・松川駅付近で、貨物列車が脱線転覆、3人死亡の「松川事件」が発生する。国鉄職員や争議中の東芝労組員など20人が逮捕、起訴された。下山事件は自殺説と他殺説が対立したまま未解決。松川事件はアリバイが成立して全員無罪。 しかし、奇妙なことに三鷹事件は竹内景介さんだけが最高裁で死刑が確定、他の9人は全員無罪となった。竹内さんは共産党員の運動を守るために、虚偽の自供をしていたことを悔いて、再審請求したが棄却された。獄中で脳梗塞を患って67年、失意のうちに45歳で他界した。そのあと、雑誌編集者だったわたしは、無実を訴える妻の手記を掲載した。事件発生の頃、竹内さんは銭湯に入っていてアリバイがあった。 3年ほど前、第3次再審請求中の長男健一郎さんの自宅へ伺った。弁護士の高見澤昭治さんと一緒だった。健一郎さんはがんが進行中という病身で弱々しかった。昨年10月、三鷹事件の運転状況を鑑定した、鉄道技術の専門家の証人尋問がようやく実施されることになった。新証拠による再審開始の可能性が見えてきた。しかし、再審請求人の健一郎さんは死亡していたことが判明した。遺族がいなければ再審請求できない。がっかりしていると、2月2日、竹内さんの孫が第4次の再審請求をする、との記事が流れた。55歳の孫は「祖父の無念を晴らすために頑張る」とのコメントを出した。 三代に渡る雪冤の訴えである。無実を証明するまで、孫子の代まで苦しめられる。それが日本の司法の現状である。 2月6日、「狭山事件の再審を求める市民の会」は、呼びかけ人の落合恵子、佐高信とわたしの3人で、東京高裁第4刑事部の家令和典裁判長に、鑑定人尋問を実施し、再審開始を求める署名、20万7000筆を届けた。昨年5月に提出した分を合わせると、42万5641筆になる。石川一雄さんは再審開始の日を見ることなく、昨年3月、無念のうちに他界した。妻の早智子さんが第4次の請求人になった。 冤罪をつくり出した裁判を直すには、再審によって無罪判決が出されるしか方法がない。これまでも狭山事件の再審を求める署名は、2007年5月に、100万筆の目標を超える分を東京高裁に提出している。石川さんが存命中の昨年2月にも、50万筆を届けた。そして、第4次再審請求を出してまだ一年も経っていないのだが、今回の分も併せて42万筆。とにかく、冤罪を正す声を上げるしかない。 「わたしたちは、『無辜の救済』という再審制度の理念、『疑わしきは被告人の利益に』との刑事裁判の鉄則にもとづいて、東京高等裁判所第4刑事部が、弁護団が請求する鑑定人の証人尋問を一日もはやくおこない、再審を開始することを求めます」 これが2月6日、家令和典裁判長に提出した要請書の結びである。 三鷹事件は獄死した竹内さんの孫が請求人を引き受け、病死した狭山事件の石川さんの遺志は、妻の早智子さんが継いだ。ハンセン病患者として、菊池恵風園(熊本市)の園内の特別法廷という密室で裁かれ、40歳で死刑執行されたFさんの再審請求は、これまで親族が差別を恐れて表面に出られなかった。それで「国民的再審請求運動」として、請求人を拡大して請求されていたが、1月28日、熊本地裁は請求を棄却した。 死刑判決をだした裁判は公開されず、隔離法廷だったから、憲法違反だった。弁護団は「再審の門戸を閉ざすことは、憲法違反の刑事裁判による死刑執行を容認することになり、断じて許容できない」と批判。2月2日、福岡高裁に即時抗告した。 法に従うのが法治国家の要である。民主主義は国の誤りを正すことによって確立される。法務大臣の諮問機関であり、法務官僚の影響力が強い法制審議会が、いま、与野党議員が一致し推進している再審法改正を阻もうとしている。全面的な証拠開示に反対し、再審開始決定に対する検事の抗告を温存する。改正どころか改悪になりそうだ。冤罪者本人ばかりか子ども、それどころか、孫までが苦しむ誤判は潔く解決する、それが民主主義の責務であり、民主主義国家の証明であろう。
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